アドニスたちの庭にて

    “炎昼にて候”

 


 真夏のスポーツというと、海へ飛び出しての水泳にヨット、ビーチバレー。山や高原へ飛び出しての登山にカヌーにトレッキング…と、数々あれど。参加はしないがテレビ観戦するのも楽しめるものと言えば、何と言っても高校野球ではなかろうか。夏の風物詩と化して はや幾年月。マウンドの上はあっと言う間の40度近くになるんだろうに、応援スタンドだって陽晒しなんだから半端な暑さじゃなかろうに。勝ち進むほどに連日の炎天下。若いって素晴らしいなぁ………。

  「こっちだって同じ環境下にいて死にそうなんだよっ。」

 おおっと。あ、そうそう。真夏の高校生スポーツと言えば、もう一つ。忘れちゃいけないのがありましたね。夏の高校総体、別名をインターハイというのが、八月の初めから催されており、今年は何と大阪を中心とした近畿が舞台。これはこれまでの大会でも思ったことですが、とんでもない参加人数ととんでもなく多岐に渡ってる競技種目数なので、会場を確保するのが大変なのは判ります。けどでも、例えば今回で言うと、西は兵庫から東は京都、南紀の和歌山や奈良まで網羅されては、多競技にまたがっての参加校は監督する先生とか応援団とか配置するのが大変だろうなぁ。
「ちなみに今回は、陸上と水泳、サッカーは大阪だけれど、テニスは神戸で、アーチェリーやバドミントン、登山は奈良で。剣道とフェンシングは京都ですし、相撲は和歌山だったよね?」
 大阪ったって広いですからねぇ。中央体育館や大阪ドームは市内ですけど、吹田の万博競技場から、長居陸上競技場、泉大津や羽曳野の方までともなれば、移動するだけで半日仕事になりかねません。しかも、
「何で大阪の人というと過激に元気なのかが判ったような気がする。」
「陸ってば…。」
 冬場は東京より寒いのに、夏場は逆に東京より暑いのが関西。この暑さでやけくそになってのことじゃあないかとか言いたそうな、小さな生徒会副会長さんであり、
「つか、今年の場合は 大雨の影響をあんまり受けなかったかららしいけど。」
 白熱の高校野球で、今年は妙に打撃好調なのって、引っ繰り返せば投手陣の調整が難しかったからだって見解もあるそうですしね。近畿地方とて、南部や日本海側じゃあ雨も多くて、日照時間とかに影響が出ていたそうで。けれど、でも。七月の半ば、まだ梅雨明けしてないうちから、大阪や兵庫では真夏日が既に始まっていたような気も…。
「俺ってほら、あんまり“アウトドア派”じゃないからさ。」
 スポーツも嫌いじゃあないけれど、何たって演劇部のホープですんで。体力勝負にはそうそう負けない自信もあるけど、環境への抗性という点ではハンデがほしいというところかと。ちなみに本日は、代表が何人も決勝レースへと出場する陸上競技の、応援とそれからバックアップにということで。長居陸上競技場までお運びの、生徒会副会長さんの甲斐谷くんと、アドバイザーとして駆り出されちゃった小早川くんだったりするのだが。
「応援団が日を追うごとに膨らんでくってのは毎年のことなんか?」
 セナくんの方は普通の夏服、開襟シャツに濃紺のズボンという制服姿だが、陸くんの方は生徒会伝統の白い詰襟、丈の長い、所謂“長ラン”というのを羽織っており、夏場仕様のはさすがに“冷感生地”とかいうので仕立てられているものの、あまりにいかにもな恰好すぎてか、国営BSやケーブルテレビのカメラが何かというとこっちへ振られる振られる。それへも少々閉口していた副会長さんだったが、いやさそれより…自分たちの居るスタンドの、グラウンドへと間近い下段の辺り。応援のためにと固まってる、やはり白騎士学園高等部の一団が、ここからもようよう見下ろせて。同じガッコの生徒たちのみならず、女子の人が多数混じっているのに、いち早く気がついた甲斐谷くんであるらしく。
「あ…えと。」
 あからさまにべったりと、ふしだらにもいちゃついてるような構図ではないながら。ウチはいつから男女共学になったんだろうかというような、和気あいあいとした空気に満ちた集団になっており、
「何てのか…どこか他所でも逢う機会を作るっていうような仲良しぶりじゃあないから…あのね?」
「先生方も大目に見てるってかよ。」
 そういえば。セナの方は一年の時から応援へも参加して来たが、陸くんの方は今年が初めて。なので、こういう空気・風潮なのだというのもまた、お初で目にすることだったらしくって。
「ウチの面々があんまり硬派じゃあないってのは自覚してたがよ。」
 それにしたって緩み過ぎてねぇか?なんて。形の良い眉をちょこりと顰め、目許を眇めた彼だったが、
「勘弁してやってよ。この競技場内だけでってことなんだし。」
 あらぬ方向からの弁護のお声へハッとして顔を上げ、セナもともども ちょっぴりビックリ。だって、聞いてる人があっただなんて、欠片ほどにも思わなかった愚痴もどき。それにそれにこのお声には、二人揃って聞き覚えもあって。

  「…桜庭さん。」
  「桜庭先輩。」
  「お久し振りだね、甲斐谷くんにセナくんvv

 今は大学生におなりの、彼らのお兄様。前の生徒会長の桜庭春人さんと、それから、
「ウチのは二枚目揃いだからってことで、毎回毎回 ご当地の女子校から、チェックが入ってるらしいかんな。」
 そこへ加えて温室育ちの坊ちゃんたちだから、無下に振り払えないのも致し方無しってもんだろうよと、小粋に肩を竦めた…シャツもパンツもサングラスまで黒づくめで統一なさってる美人のお連れさんは、
「蛭魔さんっvv
 うわぁっとお顔があっさりほころんだセナくんへ、実はこちらさんもこの暑さへ辟易なさってたらしいのが…ちらりと口元をほころばせ。判る人には判りやすくもそのご機嫌を持ち直したもんだから。
「妖一、それも言うなら“イケメン”っていうんだよ?」
 岡焼き半分、二人の間合いへ割り込むようにして、それこそ間の悪い茶々を入れてみる前会長だったりし。
(苦笑) 判っとるわ、そんくらい。そぉお? 妖一って案外と、流行には疎い場合ときがあるじゃない…などと、相変わらずのごちゃごちゃを始めかかった先輩様がたであったものの、
「………で。今年の成績はどんなもんなんだい?」
 後輩さんたちの目前で、この暑いのに痴話喧嘩もなかろうと。そこはさすがに金髪痩躯のお兄様が、素早く冷静さを取り戻し。それへとつられた桜庭さんが、居住まいを正しつつ、今年の戦歴なんぞをお聞きになって。
「例年の勝率目標は達成中です。」
 参加した競技における完勝率とやら。今のところは、目標としている90%代をきっちりと保持出来ており、
「ただ参加人員数が減りましたので…。」
「ああ…そうらしいね。」
 地方予選にあたる地区の大会で勝ち残れなかった競技があった訳じゃあなく、今年は部員がいなくての不参加という競技が実はあって。
「部員が足りないからという理由で、部が廃部になっちゃうケースは滅多にないんだけれど。ボートとヨットは相手が湖や海なだけに、経験があまりにない子ばっかではね。」
 指導する教官の先生もちゃんといらしての万全の態勢ではあったのだけれど、昨年の新入部員が一人もいなかったものだから、三年が引退したと同時に初心者ばかりの部になってしまったらしくって。何も航海に出ようって訳じゃあなし、資格が必要な競技ではないながら、そうそう焦る必要もなかろうということで、今年は不参加という決定が下されての運びならしく。
「となると、絶対比率も変わって来るってか?」
「…といいますか。」
 分母だけが減る訳でなし、実質的には変わらない…と胸を張って言い返したいところだが、ボート部とヨット部は、伝統ある指導が効いてか、これまでのずっと“出れば勝ち”という安全牌競技だっただけに、

  「〜〜〜〜〜。」

 セナと陸くん双方ともに、気まずそうに口許をちょいと噛みしめてしまったのが、
“か〜わいいんだから、もうvv
 口に出して言ったらば、セナくんはともかく もう一人は…確実に膨れてしまうだろうからと。内心での呟きになっちゃった桜庭さんが、

  「それはそれとして…セナくん、進は? 見なかったかい?」
  「………え?」

 不意なことを問いかけられたのへ、セナくん、その大きな眸をぱちぱちっと忙しげに瞬かせる。
「あれ? 聞いてないの?」
 つか、言ってなかったのかな、あいつってば。まったくもうもうとお顔を顰めた桜庭さんの横で、
「あいつは剣道部の応援ってことで呼ばれててな。だから京都の会場に直接向かってやがる。じゃあ、そっちの試合が終わり次第、大阪のホテルで落ち合おうってことで話をつけてたんだが…。」
 あれだ、セナちびは学校関係者って形で来ていて、寝泊まりしている宿舎も決まっているだろから。抜け出させる訳にも行かなかろうとか思ったんだ、あいつ。蛭魔さんがそうと推理し、堅物なのにも困ったもんだねぇと、これは桜庭さんが呆れてしまったお声も…あのね?

  「……………。」

 セナくんのお耳には届いていなくって。意表を衝かれてキョトンとしちゃったそのまんま、表情も固まってのフリーズ状態。
「…あちゃ。不味かったかな。」
 相変わらずに気の利かないお兄様ったら、本日のOBたちの予定というもの、セナくんにはやっぱり何も言ってなかったに違いなく。そして。それが今初めて判って…大層ショックを受けてしまったセナくんなのかも。だってああまで好きだったお兄様。何でもかんでも、誰よりも何でも知ってたいとするほどに、独占欲がそうまで強い子じゃあないけれど。夏休みに入ってしまって、しかも自分はこうやって遠出の真っ最中だったから、そのお兄様にもなかなか逢えないまんまの日々であったろう。出場こそしないながらも、生徒会や執行部のお手伝い班としての参加だったら、メール打つ暇もないくらい、バタバタ忙しいに違いなく。
“それが実は、結構ご近所に来ていたなんてさ。”
 しかも…自分へは何も話してくれずの在阪だっただなんて。これはちょっとばかり、飲み込み難いことじゃあなかろうか。
“…少なくとも僕だったら一暴れしちゃうよね。”
 いや、そういう例えをされましても。桜庭さんの“一暴れ”って、一体どんなもんなんでしょか? 桜花産業の御曹司を怒らせたなら、一族郎党があっと言う間に路頭に迷うような仕打ちでもされるんでしょうか。
(苦笑)
「………。」
 口許に小さく握った拳を寄せて、何をか考え込むような、そんなポーズで固まってしまった小さな後輩くんの様子に、
「あ、あのさ、セナくん。」
 何とか励まさなくっちゃと、少々焦り気味にて声をかけた桜庭さんだったのだけれど。そのお声をゆったりと後から追い抜いた…別の声。

  「小早川。」

 打ちっ放しのコンクリートがすっかり乾いての、照り返しの目映いスタンドの上。トラック競技が様々に進行中で、合図の号砲やら気合いの声やら、それへの声援とが入り混じっての反響をし、到底 静かとは言いがたい場内だのにね。しかも、思い切り声を張っての呼びかけではなかったにも関わらず。空から降りそそぐ灼熱によって緩められたぬるい空気の中、冴えた声音は真っ直ぐに届いて。
「あ…。」
 名指しをされたセナが動きを止め、すぐ後ろに立っていたお友達の陸くんに、ぶつかりかかっており、
「おお。」
「おや。」
 それは華やかで、周囲の他学のお嬢様がたが肘でお互いを突々き合いつつの注目を寄せてやまない美丈夫と麗人コンビの、亜麻色の髪の御曹司と金髪の君とが、やっぱり意外そうに眸を見張る。何カ所かある昇降口の一つからその姿を現したるは、通路の暗さから浮かび上がるようにと出て来たその途端、襲って来たのだろう目映い陽光へと、大きめの手のひら、小手をかざすようにして陽除けにしている、ずんと背丈の高いお兄様が一人。噂をすれば影が差すとは言うけれど、あまりのタイミングのよさに、呆気に取られている皆様方のその中で、

  「………進さん?」

 やっとのことにて呪文が解けたか(なんのだ?)、丁度お二階からかかったような段差のあった、頭上からのお声掛けへと、セナくん、その身を動かし始めて。こちらさんのは制服だった、白いシャツに濃い色のズボンと微妙によく似た、白いシャツの胸元へ黒っぽいTシャツを覗かせ、ボトムに濃い色のスラックスといういで立ちの、黒髪のお兄様のいるところへと、さかさか軽快な足取りにて上ってく。片やのお兄様はお兄様で、やっとこ視野が外光に慣れたか、かざしていた手を下ろして…そのまま。弟くんが上って来たのを待ち受けて、
「いつ試合が終わるかが、はっきりとは判らなかったのでな。」
 相変わらずに言葉の少ない進さんが省略してしまわれたのは、今日は男子剣道の準決勝と決勝のあった日で…というくだり。執行部の助っ人だったセナには、そっちの日程も頭に入っていたればこそ、すんなり把握できた範疇内の省略であったようで、
「結局は優勝してくれたのだが。」
「…はい。///////
 良かったですね、おめでとうございますと。頬を真っ赤にしつつも、嬉しそうな口許を隠し切れずにいるセナくんだったりする辺り。思わぬ人とこんな唐突に出逢えたことをだけ喜んでいる彼だから…ではないような。そう、敢えて言うなら、言葉少なな進さんの“真意”というものまでもが、ちゃんと判っているセナであるらしく。
「??? 真意?」
 何が何やらと、依然としてキョトンとしたままな、白ラン姿の陸くんの傍らでは、
「…そっか。準決勝で終わるか、それとも決勝まで進むのか。終わってみないと判らなかったから。」
 桜庭さんが感慨深げな声を出し、何事にか 気がつかれた模様。そう。今日の進さんのスケジュールは、後輩の部員の皆様がどう奮闘して下さるかに左右されるという、なかなかに流動的なそれであり。しかも、それを見届けてから出発するのが、スタートもゴールも不慣れな土地でのこととあってはね。京都の会場を何時に発って、待ち合わせていた大阪へは何時頃に到着することやら。携帯電話などで呼び出せる、今時ツールの“何とかナビ”とやらを駆使して、大体の所要時間や何時頃到着なんてのを割り出せたとしても、実際に移動するのが…決して要領が良いとは言えぬ身の自分では、その時間に誤差なく着ける保証はなく。この暑さの中、言えばそのまま何時間だって待っているだろうセナを、万が一にも待たせることとなっては可哀想だったから。
「…それで、セナへの連絡は 故意にしないでらした進先輩だったんですか?」
 逢えればいいが逢えなかったとして、逢えるかもしれないなんて前もって言っておいたら、ひどく残念なことだろうから。だから、何の示唆もしないままでいた彼だった…ということならしく。しかもしかも、そうであったという次第、あんな短い…単語だけのような、何ともずぼらな言い分にて、セナくんにはちゃんと判ってしまったらしくて。いやぁ、奥が深いお二人ですこと。こんな炎天下にずっといたので、すっかり炙られてた頭の上。いつものようにセナの髪を撫でて下さろうとしてか、ぽそりと載せた手のひらが熱くてびっくりした進さん。日射病になったらどうするかと、目顔でメッと叱るところまで、何だか相変わらずの相性みたいで。
「ボクら、余計なことをしちゃったかな?」
「そうかもな。」
 そこまでの彼の真意を伝えられなかった、中途半端な話だけをしちゃったことから、徒にセナくんの不安を煽ってしまった訳ですものね。
「ホテルに着いたら、高見が開口一番に叱りに来るかもな。」
「うわぁ〜、それだけは勘弁〜〜〜。」
 …どうやら相変わらずな相性は、何も進さんとセナくんへだけのお話ではなさそうで。白騎士学園高等部、史上最強の生徒会と謳われてた皆様も…実はと一皮剥けばこんな感じで。
“…一体 誰が最強なんだろ。”
 高見さんもまた、セナのこと、そりゃあ可愛がっておいでだし。だったら最強はやっぱりセナなのかなぁなんて、どこか興味深げなお顔になってた陸くんだけれど。いいのか皆さん、自校の応援しなくても。

  「あっ!」
  「いっけないっ!」
  「えとえっと、今 何の競技やってんだっけ?」
  「中距離の選手がスタートするところみたいだが。」
  「………何でお前、一番落ち着いてるかな。」

 お元気なのも青春だったら、すったもんだするのも また青春。最初はこっちが呆れて見てた、女子の方々を交えた応援席の方こそ、よっぽどしっかり応援していたぞ、なんて。他のOBの方々から からかわれるのは後日のお話。まだまだ暑い日は続きます。タウリンたっぷりの大阪名物たこ焼き食べて、残りの日程も頑張って下さいませね?





  〜Fine〜  06.8.16.〜8.20.

  *晩になってエアコンが効き過ぎるのでと
   スィッチ切って、ついでに窓を開けてみたらば、
   何と、そこここで虫の声がしておりました。
   昼間の残暑は厳しいままですが、それでも少しずつ季節は移っているんだなぁ。

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